いろんなところに住んでみる

旅の楽しみは、知らない街の日常を見ること。というわけで、いろんなとこで「ちょっとちょっと暮らし」してみます。どんなところに住めるのかなー?2018年、チェンマイ→台北→フィレンツェ→はたまたチェンマイ。2019年は...春はカミーノ(スペイン巡礼路)からのポルトガル。夏は日本。秋冬はスウェーデン。2020年夏からしばらく京都。

チェンマイの哲学カフェに行ってみた


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哲学カフェ。

「答えのない問いについて、見ず知らずの人とつらつら語り合ってみる」という集いに、2年前くらいからはまってまして。「答えのない」ってのがミソで。「効率化とは!」とか「生産性を上げるには!」とかとは無縁の世界。

 

パリ発祥なんだけど、今日本でも、探してみると全国各地でいろいろ開催されている。見つけたらふらっと行ってみることにしている。

 

で、チェンマイでも探したらあった。タイ語だったらあきらめるけど、どうやら英語で行われるっぽいので、ちょっと聞きに行ってもいいかしら、くらいのスタンスでふらっと行ってみた。

 

会場はとあるカフェ(哲学カフェやけんね)。毎週水曜日の夜にやってるらしい。で、行ってみたら思ったより人がいる。30人近くいたんじゃないかしら。ほぼ欧米人で、多分タイの人はいなかったな。結構年配の人が多い。でも若い人もいる。どうもほぼ固定メンバーな感じ。

 

この日のお題は、

How can we live more authentic lives?(もっと「ちゃんと」生きるにはどうすればいいのだろう)?

 

うーん、この「authentic」って日本語にしづらい単語っすね。哲学カフェでも、けっこう「authenticity」とは何か、みたいなとこを中心に議論してたので、かちっと定義できない。なぜなら答えがないからね。なのであいまいな感じにしてみました。「ちゃんと生きる」ってどんな生き方やねん、みたいな。

 

authentic lifeってどんならいふ?って話から始まって、

authenticに生きれば幸せと言えるのか、とか

authenticな生き方って、国や文化によっても違うよね、とか

年齢によっても考え方が違うんじゃない?とか、

authenticってコミュニティや人との関わりがあってこそじゃない?とか

いやいや、必ずしもコミュニティ関係ないでしょ?とか

authenticityってのは自分が決めるものでしょ、とか

自分自身でいることでしょ、とか

それはつまり他人には決められないよね、とか

ストレスフリーで生きることじゃない?とか

(でもストレスフリーに生きるって可能なのかしら)

 

で、ある人が言った、

選択肢がいっぱいある世の中のauthenticってなんだろう...

 

ってのに思わず5回くらいうなずいちゃいました。

選択肢については、なんとなくずっとひっかかっている。

以前よく行ってた哲学カフェでも、選択肢の話はよく出た。

選択肢があるのは幸せなことかもしれない。

でも、選択肢がないから不幸せとも限らない。

 

この哲学カフェを見つける前にも、ある職人さんの、それはそれは見事な手さばきを見ながら、ぼーっとそんなことを考えていた。

 

その職人さんとは、ひたすら青パパイヤを刻む老夫婦。